ところが、最近は違う。男性に混じって蔵の中を駆け回り、造りに精を出す頼もしい女性が現れ始めた。
横沢裕子さん(28)も、そんな1人。南部杜氏発祥の地・岩手県紫波町で創業117年を迎える「月の輪酒造店」に、3姉妹の長女として生まれた。「昔は、古くさいものが嫌いで、家の仕事にも興味がありませんでした。押しつけられるのも、縛られるのも窮屈で、田舎から抜け出せるものなら、結局何でも良かったんですよ」。
高校卒業後は、服飾関係の道に進もうと、大妻女子短大の家政科服飾文化コースへ進学した。目に映るものすべてが刺激的な東京での生活。その一方で、日本の伝統的なものが無性に恋しいと思う、もう1人の自分に気づいた。
4代目当主でもある父・大造さんは、国税庁醸造研究所(現・酒類総合研究所)で研修を受けることを勧めた。そして、裕子さんが研究所で学び始めた頃、大造さんは、オーナー杜氏として自ら酒を造り始めた。その後、平成9年から、裕子さんは月の輪酒造店で修行を始めた。
「父は、オーナー杜氏の先駆けということもありますが、普通の人が考えないようなことを実践したり、杜氏の常識では考えられないようなことをする人なんです。『同じものができるなら、こうした方が能率的じゃないか』と、いかに省力化し、簡素化できるかを考えているんです。たとえば、醸造機械の設計も専門業者に頼むと高い、となれば、『同じようなものを、うちの蔵に合うように自分で設計しよう』と、考えるんですね」。
大造さんのそうした理念の背景には、裕子さんの祖父・義雄さんの存在が大きい。北大で農芸化学を学んだ義雄さんは、酒造りの理論にたけていた。今、ベテランといわれる杜氏さんたちも、「昔、あなたのお祖父さんに、酒造りを教わりによく蔵に行ったものだ」と、昔話をしてくれるという。「酒造りを熟知し、なおかつ省略化を考える」。そんな義雄さんの理念は、大造さんにしっかりと受け継がれたのだろう。
「今、酒造業界は大変厳しく、どこの蔵元も、お金や時間をかけず、人を減らしていかにいいものを造るか、ということを考えています。そういう意味で、父の話を聞きにきたり、設計したものを見に来る方も多いですね」。
また、大造さんは、とりわけ「酒造りの基本は米」という思いから、平成元年から地元の農家と共に、無農薬・無肥料の米、「ひとめぼれ」の育成に取り組み、その米を使って純米酒を造っている。「おいしくて健康に良いもの。なおかつ、うちなりの特徴が出せるものということで、力を入れていきたいですね」。
ところで、裕子さんが酒造りを始めて6年目となる昨年、初めて自分のお酒を造った。「月の輪 純米吟醸 愛山 Love Piro」。入手が難しいとされる、兵庫県の酒米「愛山」に出会い、イメージが広がった。
ネーミングは、酒米と自分のニックネームをくっつけた。
「出来映えはいかがですか?」と聞くと、「それが、まだまだ思うようにいかなくて・・・」と、裕子さん。「もっと華やかで、もっとしまりのあるものを目指したい」と、試行錯誤中だという。杜氏の道に向かって歩み始めた裕子さんにも似て、たくさんの可能性が秘められたお酒なのかも知れない。
「ご飯の時に飲んでも気にならないお酒、食べながら、楽しく飲めるお酒を目指したいです」と、裕子さん。 |
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造りにかかりっきりになる冬場以外は、全国で開催される日本酒の会にも積極的に出かけ、蔵のPRに努めるという。各地の人と交流することで思わぬ出会いの面白さがあるだろうし、日本酒業界全体のイメージアップにもつながるだろう。蔵の根底に根付いた、その土地ならではの風土や文化、お酒がつなぐ人と人の縁。そうしたものを含めて裕子さんは、今日も全国に日本酒の魅力を発信している。