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■□ vol.39(最終回) 「 方言は愉し 」 □■
東京で過ごした学生時代、女子寮に住んでいた。こぢんまりとした造りで部屋数もさほど多くなく、公衆電話は1階の玄関脇に1台あるだけ。たまに実家から電話が来たり、こちらから連絡をつけたい時はこの公衆電話を利用する。 いつもは共通語で話す寮生たちも、この電話でふるさとの親と話すときは、お国の言葉がポロポロと出てくる。電話が置いてある場所は、お風呂場に行くための通路でもあり、私はよくそこを通るたび日本の方言の多彩さに驚いたものだ。 いつも、おっとりした性格の友人の口から、初めてライブで土佐弁を聞いたときの驚きは強烈だ。しゃきしゃきっとした粋の良さがありながら、悠々と水が流れるように伸びやかな独特のリズムが心地よい。父親が漁師だという彼女の話には、よく海の話が登場した。海といっても、南の海は青森のそれとは匂いも色も違う。彼女の土佐弁を聞くたび、私はまだ見たことのない南国の海をあれこれ想像したものだ。 私たちは、寮の仲間と面白がってよく方言を披露し合い、その魅力にどっぷりつかって楽しんだ。沖縄、広島、栃木、福島、群馬・・・。彼女たちの方言のシャワーを浴びていると、その土地の風土や気候、地元の人たちの暮らし方が伝わってくるようで心地よかった。 新潟、北海道、秋田などの人たちと話すと、最後は決まって雪の話になる。高校時代に、雪に閉ざされたバス停で1時間近くもバスを待った話になった。雪国に暮らす人には珍しくない経験である。空からはにぎりこぶし大の雪がのそのそ降ってきて、あたり一面静寂に包まれる。冷たいはずの雪なのに、不思議と何かに抱かれているような安堵感がある。「まあ、どう頑張ってみても、この雪には勝てないべさ」と、妙に腹をくくった気持ちになるのもこんな時だ。 当然のことだが、この感覚は南の人たちにはわからなかったようだ。ちょうど、私が南国の海の凪を想像し得なかったように、だ。 今、好調な売れ行きを見せている「声に出して読みたい方言」CDブック(草思社)の著者・斎藤孝さんは、同書のなかでこのように言っている。 〜前略〜「方言には、その土地の風土が色濃く染み込んでいる。人間が五官で感じる感覚が言葉に込められている。においや手触り、からだの躍動感や空気。長い年月をかけてその土地の風土でつくり上げられてきた身体の感覚が、言葉の中にしっかりと刻み込まれているのだ。これは、大変な文化遺産だ」。〜後略〜 同書には、9地方の方言が取りあげられているが、伊奈かっぺいさんによる津軽弁のくだりは津軽人が聞いても最高に面白い。もともと、かっぺいさんは津軽弁で古典文学を読むという試みをされていて、地域誌「あおもり草紙」で連載中のコーナー「こてこて こてんこてん」などでも、たくさんの作品を発表されていた。 なかでも、清少納言の「枕草紙」などは絶品だ。 「何んたて春ぁ朝(あさま)が良(え)がべ。 徐々(わんつかづつ)白(しら)ぱちけで行(え)く稜線(やま)コさ 紫色(むらさぎいろ)の雲コあ ばほーっどしたりして。」〜後略 かっぺいさんの朗読が収録されたCDを聞いているうちに、作品中の山は岩木山に思えてくるから不思議だ。これを熊本弁で読むと山は阿蘇山になり、秋田弁になると鳥海山に姿を変えるのだろうか。 体のなかにある自分自身の根っこ。方言は、そんな感覚を再認識させてくれる。
■ 終 ■
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