vol.5
「街の匂い」
その1

二十代の頃、友人と一緒に渋谷に事務所を借りていた。
古い木造の二階建ての建物で、一階にはこじんまりとしたアンティーク雑貨の店が入っていた。東急ハンズから徒歩一分程の場所にも関わらず、路地を入ったところにあったせいか、家賃が安かったのと、昔の小学校のようなレトロな雰囲気が気に入っていた。
近隣には、数軒の古い民家があった。夕方になると、サンマを焼く匂いがたちこめ、カチャリンとお茶碗を並べる音が聞こえてきた。おばあちゃんが、玄関先に打ち水をしている。
昼間の喧騒から、夜のネオンに変わるまでの黄昏時。
若者がひしめく、お洒落な街・渋谷が、無防備でせつない横顔をチラリとのぞかせる一瞬である。
「お盆には、帰ろう」そんなことを思わせるのも、こんな時間帯だった。
ところで、先日、「○○町へ取材しに行ってもらえますか?」という電話。○○町は、まだ一度もでかけたことがない。「はい。わかりました。」と電話を切ってから、地図で場所を確認し、ガイドブックなどを参考に街のことを調べつつ、ノートに質問事項を書き込んでいく。
「ふむ、ふむ。街の規模はこのくらいで、産業は△△、名産は○○と・・・。何々? おすすめのおいしいお店? じゃ、お昼はここに入って、ついでにお土産はあれを買って・・・」と、取材の計画はどこへやら。いつの間にか個人的な嗜好の世界へと展開していく。
初めての街へ出かける気分は、旅行に出かける前の高揚感にも似ている。
(その2へ続く)


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