vol.12
「『プチ湯治』願望」
その1
今月は、湯治の取材で、あちこちの温泉をまわっていた。
と、人に話すと、必ずと言っていいほど「この季節、温泉巡りとはうらやましいですねー。いろんな温泉に入ったんでしょ?」と聞かれるが、とんでもない。
浴場内の撮影のため、ズボンの裾をヨイショとまくって、洗い場までは入るものの、取材が終わるとすぐ次の目的地へ向かって廻れ右。
柔らかな湯けむりと、ポチャンと響く湯の音に後ろ髪引かれながら、温泉行脚は続く。
先日は、温湯温泉に出かけた。
十一月に、新しくなったばかりだという共同浴場のまわりを、ぐるりと囲む形で、木造の古い客舎が、肩を寄せ合うように建っている。
湯治客の物だろうか、客舎の二階の手すりには、手ぬぐいが二本仲良くぶら下がって揺れている。
店の奥の方からかすかにテレビの音と、カチャンと食器を洗う音。
下駄をカランコロンと鳴らして老夫婦が一組、共同浴場へ入って行った。
まるで、そこだけ時が止まってしまったかのような静寂な空間。
つげ義春の作品に登場しそうな、独特の風景である。
確かに、ここには、昨今流行りの派手な観光温泉のような設備はないが、浮世のしがらみを忘れ、時間の流れから開放されて、のんびりするにはうってつけだ。
何もないことの豊かさ、何もしないことの贅沢さというのも、あるのかも知れないと、ふと思う。
(その2へ続く)