vol.15
「年賀状考」
その1

自分で書くのは苦手なくせに、もらうと嬉しいのが年賀状である。 これは、ダイエットはしたくないが痩せたいとか、働くのは嫌いだが、給料をもらうのは好き、という人の心理と似ていなくもないが、世の習いとして、そんなにうまく事は運ばない。 おそらく、ごく限られた地位や立場にある人を除いて、自分が出す枚数と相手からもらう枚数は、相関関係にあるのではないだろうか。
同じ経験をおもちの方もいるかも知れないが、毎年、差出人の名簿を作っていると、今回は出そうか出すまいか迷う微妙な関係、いわば、グレーゾーンに位置する人たちが浮上してくる。「あの人からは、去年来なかったからパスしちゃおう」と出さずにいると、丁寧なハガキをもらって「しまった!」と、慌てて出すハメになる。もちろん、その逆のパターンもある。
「そんなことに気を煩わせるなんて、ナンセンス。虚礼廃止が一番だよ」と、年賀状を出さない主義の人も知っているが、小心者の私にはそれができない。 したがって、大掃除と同時進行でひたすら書く。換気扇と格闘しながらリストを作り、べっぴんさんでその辺をゴシゴシやってる間に印刷する。 主婦にとって、師走の一時間は、他の月の一日にも匹敵するほどのめまぐるしさだ。その条件は誰しも同じはずなのに、よくもまあ、こんな個性的なハガキが作れるものだと感心するような年賀状も頂く。
書家からの年賀状は、さらさらとした筆の運びも美しく、風雅そのもの。思わず、ソファからガバッと飛び起きて正座して見入れば、ごちゃごちゃとした我が家の茶の間にも、新春のうららかな琴の音が響き渡り、うぐいすのさえずりさえ聞こえてきそうである。
(その2へ続く)


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