vol.21
「子どもの物差し」
その1
今年度から、いよいよ学校週五日制が始まった。
喜ぶ子どもたちとは裏腹に、共働き世帯が増えた今時の親は、ちとばかり複雑な心境である。先日も雑誌で、「休みを利用し、子どもの可能性を伸ばしてあげる機会をつくりましょう」という一文を読んだ。そもそも子どもの「可能性」って、いつどんなふうに見い出せるものなのだろう?
自分自身の子どもの頃を振り返ると、「じゃっぱ(お転婆)」で、年がら年中、両膝、両肘に赤チンを塗っていた記憶しかない。サボテン畑で転倒し、全身トゲだらけになったり、二階の屋根に登って遊んでいて、帰宅した父親が肝を冷やしたこともある。
近所の川を飛び越える練習をしていた時は、転倒して川に落ちた拍子に、コンクリートの角で頭を切った。一人でどうやって家に帰ったかも憶えていないが、それでも何とか自力でシャワーを浴びて着替えたらしい。今でも、後頭部にその時できたハゲがある。
こうしてみると、まるで「九死に一生スペシャル」のような、我が子ども時代であるが、人一倍好奇心が旺盛で、何でも自分でやってみないと気がすまない性分のせいだろう。
虹の付け根をこの眼で見たくて、どこまでも追いかけて行ったり、地面を掘ってアメリカに行く計画を立てたりした。大人達は、みんな忙しく、子どもは子どもでいることが許された時代である。
(その2へ続く)