vol.12
「アジアのなかで」
その1
青森アジア冬季大会開幕が数日後にせまり、県内は大会ムードが高まっている。今回は、過去最大の28の国・地域から1102人の選手・役員が出場するという。
昨年11月に、アジア大会事務局に取材に出かけた時のこと。広報の方が見せてくれた1枚の写真に、目が釘付けになってしまった。それは、イランにある大きなスキー場の写真だった。それまで、中東といえば、広大な砂漠と石油のイメージが優先し、ウインタースポーツが楽しめるどころか、雪が降るとは夢にも思わなかった。カザフスタンにも、標高1000メートルの場所に、立派なスケート場やスキー場があるのだという。
恥ずかしながら私は、アジア大会の取材に出かけなければ、こうした事実を知らずに過ごしていただろう。
私が初めてアジアの国々を訪れたのは、昭和が平成にかわる少し前だった。「第2回青森県青年の船」に参加し、約2週間船で中国の大連、青島、韓国の釜山、慶州などを訪問した。東南アジアについてはテレビや雑誌で知っているつもりだったものの、やはり百聞は一見にしかず。生活習慣や文化の違いに、毎日が驚きの連続だった。
たとえば、中国のトイレ事情。トイレットペーパーはおろか、個室と個室をさえぎる壁がない所が多いのにはビックリさせられた。道ばたの土管から流れ出る水で洗濯する女性たち。そのまわりで遊ぶ小さい子どもたちのズボンがユニークだ。お尻部分の布が割れていて、しゃがむと左右にパカッと布が開くので、いちいちズボンをおろさなくても用が足せるのだとか。朝になると、公園で太極拳が始まる。それが終わると、おじいちゃんたちが輪になって、ベンチでトランプに興じる。威勢のいい天津街市場のおばちゃんたち。古い街並みと人懐っこい人々。なんだか、自分の子ども時代の日本にタイムスリップしたような懐かしい印象をおぼえたものだ。
だが、そこから少し離れた場所では、香港資本を導入した高層ビルの建設工事が進められ、なだらかな丘陵地帯には集合住宅群がそびえていた。道に目をやれば、ロバのひく荷馬車あり、自転車あり、自動車ありで、まさに混沌としながらも、着実に変わり行く国内の経済情勢を見る思いだった。
(その2へ続く)