vol.12
「アジアのなかで」
その2

韓国は、翌年のソウルオリンピックに向けて変貌しつつあり、人々は躍動感と活気に満ちていた。日韓友好青年交歓会で出会った韓国の若者たちは、日本語や英語などの語学をはじめ、日本の文化や習慣について本当に良く勉強していた。と同時に、国を愛し誇りをもっている彼らは、自分たちの国のことをもっとよく理解してもらおうと、時には筆談やイラストを交えながらいろんなことを教えてくれた。 毎年秋になると、5人家族あたり100個の白菜を使って大量のキムチを作るために、キムチボーナスが支給されること。オンドルといわれる、床を暖める暖房設備が快適なこと。道幅が広くてまっすぐな高速道路は、軍事用の飛行機がいつでも滑走路として使えるようにとの配慮からであり、若者には3年間の兵役制度があると聞いた時は、身がすくむ思いだった。 日本と比較的交流がある東南アジアでさえ、私たちはほとんど知らないことだらけだった。あれから、10数年の年月を経て、街はますます変わっただろう。きっと、私の知らないアジアがたくさんあるはずだ。 今回のアジア大会のような国際大会の意義は、純粋にスポーツを観戦することはもちろんだが、同じアジアの一員として国同士を相互理解することにもある。どこにある国なんだろう?食べ物は?ファッションは?宗教は?今まで意識することさえなかった国にスポットをあてて、ちょっとだけ関心を寄せてみる。ロシア語、タイ語、ヒンズー語、韓国語。せめて、「こんにちは」と「さようなら」くらいはマスターしたいと、1人でブツブツ練習に励む。 たとえ、言葉や文化、習慣の違いがあっても、各国からやってくるアジアの人たちに、青森での素晴らしい交流の思い出を持ち帰ってもらえたら、開催地に住む私たちにとってこんなにうれしいことはない。10数年前、私たちを熱烈に歓迎してくれた中国や韓国の人たちの笑顔を思い出し、ふとそんなことを考えた。
(終)


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