vol.1
「あんなオシゴト、こんなオシゴト(後編)」
その14
日本中がバブル景気に沸いていた頃、学生たちはバイト探しにほとんど苦労しなかった。学校の校舎があった高田馬場の駅前には、いつも求人広告が貼られ、私たちもよく足をとめたものだ。
当時、仲間の1人が始めたバイトは、「そんなおいしい仕事があっていいのか!」と、非難ゴウゴウだった。日中、不在になる小さな翻訳事務所の留守番なのだが、事務所から出ない限り、読書も、テレビを観るのも音楽を聴くのも自由。お茶もコーヒーも飲み放題。たまに、電話がかかってきたら伝言をメモし、社長の机に乗せておく。夕方になったら鍵をかけ、管理人さんに鍵を預けて帰る。それだけの仕事なのに、時給がとても高い。何と言っても、瀟洒なマンションの冷暖房がきいた部屋で1人優雅に過ごすのだから、快適この上ない。タダで別荘暮らしを満喫しているようなものだろう。
私たちは、安い居酒屋でグダをまきながら、言いたい放題。「ちょっとォ、あんたそれってサー、何か変な商売してる会社なんじゃないの?近々、新聞に出るかもよ。共犯で捕まるのだけはよしてよ」。推理小説好きの男友達は、「シャーロック・ホームズの赤毛連盟みたいによォ、お前を別の場所に隔離している隙に、お前んちの地下に埋まってるお宝を掘り起こしてんじゃねーか?」なんてことまで言い出した。
それから間もなく、彼女は卒業と共にバイトを辞め、私たちの予想に反し、これといって新聞を賑わすような事件も起こらなかった。あんなバイトが成立するだけ景気が良かった時代とはいえ、いまだにおいしいバイトの代名詞として語り継がれている。
(その2へ続く)