vol.17
28才の女性杜氏 横沢裕子さんインタビュー〜岩手県紫波町「月の輪酒造店」
その1
日本酒の出荷量がピークを迎えたのは昭和48年。1升瓶で10億本近く、国民1人が年間10本を飲んでいた計算になる。しかし、当時の日本酒は、もろみに糖類や大量の輸入アルコールを混ぜて割水をしたものがほとんど。
ためしに、ある年代以上の人に、昔の日本酒のイメージを聞くと、だいたいこんな答えが返ってくる。一升瓶、熱燗、おじさん、酔っ払い、独特のムッとする匂い・・・。当時の日本酒は、味わうよりも酔うためのもの、質より量を重視するような、およそスマートとは言い難い飲み物だったように思う。
ところが、昭和50年代に登場した吟醸酒によって、画期的なイメージチェンジが図られた。冷酒、小型のお洒落なボトル、グラス、果実のような香り、女性ユーザー・・・。時代が、ちょうどバブル期のグルメブームと重なったこともあって、日本酒は全国的な人気となった。
ちょうどこの頃、全国の蔵元を紹介する本を出版する編集者に連れられて、私は、西新宿にある「天狗舞」というお店に通っていた。ここは、石川県にある車多酒造さんの息子さんが経営している店だ。
その店で、生まれて初めて吟醸酒を飲んだ時の驚きは、どう表現したらいいだろう。まるで香りを閉じこめた不思議な水を含んだように、口の中にさわやかな味が広がる。「こ、これ、ホントに日本酒ですか?」思わず、口に出てしまった。この日以来、私のなかの日本酒のイメージは一変し、その奧の深さにすっかりはまってしまった。オーナーの車多陸朗氏は、日本酒がいかにおいしく、素晴らしい飲み物かを熱く語ってくれた。大変面倒見のいい方でもあり、おいしい日本酒を飲ませてくれるお店を見つけては、しょちゅう私たちを連れて行ってくれた。いつも懐に「マイおちょこ」を持ち歩いていたが、唇のあたる部分は、すり減って薄くなっていたのを覚えている。
当時は、車多さんから聞く蔵の様子や、他の蔵元さんから聞く話にも、女性の杜氏や蔵人は登場しなかった。相撲の土俵や、一部の宗教的な聖地がそうであったように、「酒蔵は女人禁制」といった風潮が強かったのだという。
ところが、最近は違う。男性に混じって蔵の中を駆け回り、造りに精を出す頼もしい女性が現れ始めた。
(その2へ続く)