vol.29
レクイエム
その1
10代の後半に影響を受けた作家の1人に、沢木耕太郎氏がいる。ご存知のように、彼はノンフィクションライターとしてさまざまな対象に向き合い、その人の生き様を彼独特の視点で掘り下げ、切れのいい文体で表現してきた。
これまで、多くの人々に寄り添い心の機微を描いてきた彼だが、このたび幻冬社から発行された「無名」では、その視線が実の父に向けられている。
病に倒れた父を自宅で看病し、看取るまでの家族の心の揺れや葛藤。類まれな読書家であり深い知識を持ちながら、最後まで「無名」の人だった父の人生を真っ向から見据え、一部始終を書き綴っていく。父を書くことを通じて、彼は自分自身の心の奥底に分け入っていく。道しるべさえない孤独な漂流の旅だ。
子どもにとって親とは、親にとって子どもとは・・・。父の死を目前にし、沢木氏は初めて深く父を理解する。
(その2へ続く)